ロシアの演劇雑誌『チアトラール』で、クリミアにある3つの異なる劇場の指導者たちに電話インタビューが行われた。3つとは、ロシア系、ウクライナ系、タタール系だ。混乱が収まらないウクライナで、クリミアはキエフに続いて今後の動向の焦点となっている。ロシア系の住民が多いことは確かであるが、「人数が多い」こと以上の意味を持たせているのは、現在のところ政治的な立場に依るものでしかないように思える。複雑な歴史を持つクリミアの政治事情に詳しく踏み入ることは現時点では難しいが、今現在、クリミアの劇場がどのような状況に置かれているか、を情報として出しておきたいと考えた。もちろん、ロシア系、ウクライナ系、タタール系の人々の内部でもそれぞれの異なる考えがあるだろう。
しかし、民族的な対立を煽るような局面が展開するなかで、個々の演劇人たちの「印象」には、いろいろと思うことがある。それぞれの立場で現状の認識が異なっていることは見逃してはいけないだろう。「いま現在、現地でなにが起きているか、そしてその状況がどのように彼らの仕事に影響を与えているかを訊ねた」という『チアトラール』の記事をここに訳出して紹介する。
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クリミアの劇場:ある状況への様々な視点(Елена МИЛИЕНКО)
ビリャル・ビリャロフ、クリミアタタール・音楽ドラマ劇場芸術監督
街の状況は非常に緊迫している。5分後になにが起きるかわからない。タタール人たちは自宅から出ないようにしている。うかつな言葉で他の民族の人々と衝突したくないからだ。互いにテリトリーを略奪しあう動乱の時代が訪れたように思える。まさにそれゆえ、自警隊が組織されている。ロシアのマスコミが報じているものは、完全に嘘で、[キエフの]独立広場の写真を使って、それがクリミアで起きていると伝えている。ドミトリー・キセリョフ*の言葉を聞けば、ゲッベルスのプロパガンダも色褪せるだろう。我々は常にロシア人ともウクライナ人とも平和に生き、彼らと共に生きてきた。我々は皆、ロシア語という一つの言語で話し、相互に問題などなかった。現在、突如我々の身を守りに来た人々がいる。誰から身を守ろうというのか?
ロシア語を禁じようとする政治家の放った軽率な言葉を、切り札のごとく捉えることは、ある人々にとっては好都合だった。そして、その言葉は広がっている……。必要なのは、論理的になり、「誰が祖国の言葉で喋ることを禁止できるのか?」ということを考えることだった。キエフの独立広場で騒動が起きたときでさえ、クリミアではみな平穏だったのに、いまは本当にひどい状況だ。政府の建物は占拠され、至る所でロシアの旗が掲げられ、道には勲功章のない制服を着た武装した人々や装甲車が行き交っている。
それゆえ、私たちは全ての上演を中止し、俳優たちには家族を連れて当分の間街を離れるよう言った。劇場は生活と結びついており、我々は、外がこのような状況のときに、ここで歌ったり踊ったりはできない。劇場は自らの市民的な立場を維持するべきで、そうでなければ誰からも必要とはされない。
*プーチン大統領が国営ロシア通信を改組して作った国際通信社「今日のロシア」の社長
ヴァレリヤ・ミリエンコ、ゴーリキー記念クリミアアカデミー・ロシアドラマ劇場女優
街の外はすべて以前通りです。閉鎖されていた中心部の道には車や路面電車が行き来し、人々は仕事に行っています。しかし、もちろんそれでいて、私たちはみなクリミアの運命について話しています。困ったことには、どこから情報を得るべきかが分からないのです。ニュース番組を見れば見るほど、ロシアのものも、ウクライナのものも、全てのチャンネルが現実を歪めていることをますます確認してしまう。みんなでっち上げているんです。
我々の劇場に関して言えば、通常通り動いており、客席も満席です。2月末の夕方の上演だけ、1000席の客席で50人の観客しかいませんでした。これは、ちょうどこのとき広場でタタール系住民の集会が開かれ、ロシア系住民に対して挑発を避けるため家を出ないよう警報が出たことと関係していました。ちなみに、親ロシア派の集会が開かれたときには、タタール系の人は同様にいませんでした。このように、互いに発言をするために場所を譲り合い、我々は衝突を避けようとしています。
クリミアは現在すべて平穏です。しかし、キエフではすでに国家総動員のアナウンスがなされています。しかし誰に対して彼らは力を動員しようとしているのでしょうか? 同じウクライナの住民に対してでしょうか? いろいろな国から私に電話がかかってきて、彼らはロシアに対してただ攻撃を浴びせています。一面では、私はウクライナ自身が自分たちの問題を解決することに賛同します。しかし他面では、独立広場のこと、そこで行われていることを見れば、沈静化のために別の権力を呼び寄せてしまうでしょう。今後どうなるかわかりませんが、クリミア、ウクライナ、ロシアの間で生じている状況が平和裏にできるだけ早く解決することを望みます。
ユーリー・フョードロフ、クリミアアカデミー・ウクライナ音楽劇場主任演出家
劇場の状況は完全に通常通りだ。上演を行い、朝も夜も毎日稽古をしている。唯一上演を中止したのは、内閣庁舎と国会が占拠されたという情報が出た時だった。これらの建物を誰が占拠したのかは、まったくわからなかった。我々の劇場が内閣庁舎から100メートルしか違わないレーニン広場にある以上、我々は仕事に向かわないという決定を受け入れた。しかし、建物が安全な状態にあり、いかなる過激主義者も認められず、今後その可能性もないことが分かってから、我々は再び仕事に出た。劇場を満席にするとは言えない。というのも、交通機関の中断があったからだ。我々の劇場にはなにしろほかの街からも観客が訪れ、人々は上演後に自宅に戻れない事態を懸念しているからだ。現在街の中心部は解放されており、交通機関も動き、全ては以前通りだ。もちろん、広場でデモ行進が行われていることを除いてだが。しかし、集会を開いている人々のスローガンから理解できる限りでは、彼らはみな安定と秩序を訴えている。つまり、スローガンは、現実的で、建設的で、それ故に近いうちにすべてが落ち着くことを期待している。
(http://www.teatral-online.ru/news/11122/ からの翻訳)
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ちなみに、本誌『チェマダン第三号』(http://chemodan.jp)に「クリミア・タタールの伝統=現代文化の一断面」という記事を掲載しています。クリミアの簡単な説明と、クリミア・タタール文化の一つである陶器についての記事です。
合わせて参照していただければ嬉しいです。
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